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暦と実感

夏に向けて暑くなり始めた頃はいつも、その時点が既に残暑で、夏は終わった事にして直ぐに秋ならいいのにと思ってしまいます。そうはいかずに、辛く苦しい盛夏、残暑がきっちりと3ヶ月くらい続くんですけどね~。

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向暑、盛夏、猛暑、大暑、酷暑、真夏、厳暑、炎暑と、これらはドラム缶でぼーぼー燃やされてしまいそうな恐ろしい時候の挨拶ですが、これは実はまだ7月のお便り用。じゃ、このあと8月はいったいどんなことになるんだーと恐ろしくなりますよね。

でも、8月になると盛夏、残暑、晩夏と中旬下旬に向けて手を緩め、秋暑、初秋、立秋、新涼、残炎などとなんかもう暑くないよーっていうようなご挨拶です(だから使用法としては「暦の上では~ですが」とか「~とはいえ」等と、まだまだ厳しい暑さが続きますっていう方向性で使うわけですが)

9月に入ったら、新秋、清涼、秋涼、初秋、爽秋、涼風、野分、秋分と、もはやかき氷の上で爽やかな風に吹かれている位気持ち良さそう。

これ見ても分る通り、時候の挨拶と実際の季節感ってかなりかけ離れています。小さい頃から、こういうズレが気になって気になって、大人ってマヤカシで成り立っていると世間に対して暗~い、疑り深~い気持ちで育った気がします。。。

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そんなこと考えていると気になってくる「暦」(レキ)ですが、日本では「明治5年12月3日を明治6年1月1日にする」という明治の変更で、それまでの太陰太陽暦から太陽暦(グレゴリオ歴)を採用することになりました。今からほんの?140年前のことですね。

この年は12月が2日間ということで要するに1ヶ月短かくなったので、政府は公務員の俸給1ヶ月分が節約出来て、実はそれが暦変更の一番の目的だったとか。

それ以前に使われていた太陰太陽暦は月の満ち欠けをベースにしていて、そこに太陽暦から割り出した農耕のタイミングなどを見るのに便利な二十四節気(にじゅうしせっき)を加えたもの(天保暦)だそうです。この暦だと、月の満ち欠けは29.5日で1ヶ月になるため、3年位に1度(正確には19年間に7回)は閏月として1ヶ月をどこかに差し挟んで太陽の運行と合わせるようにしていたそうで。

例えばさっきの話に戻りますが、太陽暦を採用して節約出来た明治5年12月分の公務員の俸給ですが、太陰太陽暦のままだと明治6年は閏月の入る1年13ヶ月の年だったので、明治政府は変更によってさらにその閏月の分も支出しなくて済んで、予算上合計2ヶ月分の節約になったというタイミングだったそうです。

お役人さんたちは(というより奥さん?)別に2ヶ月無給になった訳ではありませんが、1ヶ月の日数が増えたのに月俸が変わらないことになったのはガックリだったでしょう。

それにしても3年ごとにひと月増えるっていうのは想像し難いですが、月の運行で1ヶ月を計るのは自然な感じがします。毎月毎月、新月の日が1日で、三日月が少しずつ大きくなっていって15日が満月、そこから欠けて行って見えなくなったら晦日で、またそこから次の月が始まる。分りやすいです~。

と、話はどんどん散らかって行きますが、まぁ暑い時には暑いと思い、でも今が一番暑いと極まればこれからは少しずつ秋に向かうという気分で時候の挨拶の言葉を噛みしめるのがいいんでしょうね。とにかく、幾ら自分が夏が苦手でも、夏を飛ばしたらお米が出来ないですからね。。。

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